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ファイアーを見せたい。

サッカーの日本代表戦や、春の甲子園に出た東北の高校生たち。

僕は興味がなかったし(見るより体を動かすほうが好きだから)そこにどんな力があるか考えようともしなかった。

だけど、次の日のニュースを見ていて、

「カズがゴールを決めた」

「東北の高校が勝った」

という話を聞いて、僕も胸が熱くなった。

「これは嬉しいだろうな!!」

そう思った。

義援金を集めたり、現地に行って瓦礫をどかしたりする以外に、こんな応援の仕方があるんだとようやく体験的に理解することが出来た。

そうして、単純な僕はそれがしたくなった。

火を使って。

誰にも正解なんてわからない。

原発が爆発して海外に飛ぶ人を笑うことがは出来ないし、

対岸の火事のように思っている人を怒ることも出来ない。

原発近くに住む人を「何でこっちに避難してこないんだ!」と疑問に思う僕と、

日本に住んでいる僕を「何でこっちに避難してこないんだ!」と疑問に思う外国人の間に

何の違いもない。

結局僕は、玉石入り混じった情報に振り回されながら、「ここ」で日常を送っている。

避難所で一緒に遊んだ子供たち。

学校が再開されたというニュースの映像の中にあの子達を探した。

僕のファイアーを見せたいという気持ちがどこから来るのか。

火がついている間だけでも、

背負っている荷物を預かってあげられるんじゃないかと思っている。

いろんな人と話がしたい。

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宮城県石巻市

急遽持ち上がった宮城県石巻市弾丸訪問。

半日という滞在期間の中で自分に出来ること

行って喜ばれることを考えた。

「火を使わない大道芸」

「娯楽の少ない(であろう)避難所に笑いを」

「下手でも未熟でもいいから、子供に笑顔を」

それらの最大公約数で「お楽しみ会」を企画した。

お菓子を沢山持っていって、食べながら大道芸を見たり、風船を体験したり、プレゼントしてもらったり、そんな機会を提供できないかと考えた。

夕方に長野県を出発した車は、深夜3時に石巻市の専修大学に仮設されたボランティアセンターに着き、車の中で夜明けを迎えた。

ボランティアセンターが開くとともに、自分が大道芸を志している者であること、「お楽しみ会」を開きたいということを伝え、避難所リストの中から一番近い場所を紹介してもらった。

場所は敷地内の避難所。

子供は10人くらいだという。

早速子供たちの溜まり場に行って、コンタクトボールからはじめた。

続いてジャグリング。

そして風船。

最後は、風船の作り方のワークショップを開いて、難しいところは手伝って、楽しく出来るように所々でギャグを飛ばす。

火を使わなければ芸人見習いにも満たない自分の芸。

正直悔しかった。

元気になってもらうつもりが、

大爆笑でいやな事を忘れさせるつもりが、

大人たちも一緒に笑ってもらうはずが、

全然届かない。

最後は逆立ちしたり、パントマイムの真似事でタイムリミットになってしまい、

挨拶もそこそこに帰りの車乗り込んだ。

僕は自分の芸で世界を変えるつもりでいた。

大げさな気持ちじゃなくて、一部本気で「戦争をとめる事だって出来るようになるんだ」と思っていた。

最も得意とする炎を使えないとしたって、目の前にいる子供たちを楽しませられたのか。

帰りの車の中で頭の中をぐるぐる回っていた。

そんな中、今日たまたま読んだ新聞で少し救われた。

「言葉に代えてうまく発散できない子供たちのストレスが限界に来ている。大人たちがスキンシップもって近くにいてあげることが必要」そんなことが書いてあった。

少しはあの子達のためになったのかな。

また、機会を見て向かいたいと思う。

それまでに技も磨くし、

事体も好転するだろう。

世界を良くしよう。

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